meewa | Shared With: Everyone - Jan 31 2008 | Kenji Sawada, Julie, Youtube
meewa | Shared With: Everyone - 25 days ago | Music, Kenji Sawada, Julie
歌手の沢田研二が60歳の誕生日にあたる25日、コンサートツアー「沢田研二 LIVE2008 還暦だぞ!!ROCK’N ROLL MARCH」のスタートを東京・渋谷のC.C.Lemonホールできった。この中でジュリーは、京セラドーム大阪(11月29日)と東京ドーム(12月3日)で「人間60年・ジュリー祭り」と題した還暦記念コンサートを行うと発表した。還暦を過ぎた日本人アーティストによるドーム公演は史上初めてだ。
「ついに今日60になりました! ジジイだってやらせてもらいます!!」とジョーク交じりに還暦の報告をしたジュリーに、満員約2000人のファンは温かく♪ハッピーバースデー ディア ジュリー…と合唱をプレゼントした。
ファンへの答礼のように「ドームが決まりました」と明かしたジュリーは「(みんな)来られるのかな?ガラガラやったらやらへんで~」と興奮気味の客席を関西弁で笑わせた。
今回のツアータイトルは先月リリースのアルバム「ROCK’N~」からとったもので、還暦を過ぎてもロックン・ロールするという沢田の意思を表したもの。
新アルバムのタイトル曲などのほか、「君だけに愛を」「危険なふたり」「勝手にしやがれ」など60-70年代の大ヒット曲も満載の全32曲をジュリーは熱唱。同世代から若いファンまで、こたえられない構成に最後までノリノリだった。
ツアーは年内に40カ所を予定し、2008年の締めくくりとして2大ドーム公演につなげる。ドームでは通常のコンサートのほぼ2倍の約5時間にわたるライブを展開する計画だ。「スター」として歌謡界を生き抜いてきたジュリーは、疲れも知らずに団塊世代にエールを送りながら走り続ける。
meewa | Shared With: Everyone - 28 days ago | Kenji Sawada, Julie, Music
●70年代は“女の時代”だった
思えば70年代とは、明らかに"女の時代"の幕開けだった。
フェミニズム運動の前身として、「性差別への告発」をスローガンに、ウーマンリブの第1回大会が開催されたのが1970年。「未婚の母」が公然とカミングアウトする一方で、渥美清の演じるフーテンの寅さんの「男はつらいよ」が流行語になる。
長い男性受難の時代が、始まろうとしていた。時代を読む阿久悠は、明快にこう語っている。
「日本の男に関していえば、70年代に「男」になるチャンスを逃したと思う。あの時代の、あの分岐点というのが確かにあった。しかし、その分岐点で男たちはしくじった」(同前)
そこで寅さん(渥美清)や、健さん(高倉健)が、実は同時代的にもはやあり得ない、両極端な男の美学を虚構的に演じて、斜陽の映画界のスターとなる。
彼らが演じたのは、堅気(かたぎ)の生活者からほど遠い、一所不在の香具師(やし)であり渡世人であった。その両極端なキャラクターに共通するのは、モテているのに絶対に女に手を出さない、あるいは出せない孤独な独身者である。
いわば彼らは、この時代ならではの裏返しのフェミニストだったのだ。女性に対する優しさが、不器用さとしてしか現れない、その非攻撃性において。
テレビでは、ジュリーこと沢田研二が、「虚構の世界の水先案内人」として、やはりあり得ないキャラクターを演じていた。
阿久悠は、「男の価値のデフレ現象がとどまるところを知らない」時代に、この「けだるさを秘めた退廃美」を漂わすタレントに、やせ我慢を売る男というキャラクターを与えた。女の時代に、あえて「男」を売りにするという戦略において、それは寅さんや健さんよりもさらに特殊な、期間限定の"商品"だったのだ。●チャンドラー、ヘミングウェイ後の「ダンディズム」とは
ハンフリー・ボガードへのオマージュと明言する、70年代の終わりの『カサブランカ・ダンディー』は、その最後の輝きだった。
ここでのオマージュは、「讃歌」というより、「男らしさ」がそのままで"売り"になった、ボギーの時代への「挽歌」とも言える。「男のある種のダンディズム、崩れたダンディズム、滅び行くもののダンディズムは僕の好みでもあった。男が美しいときなんて、それ以外にはないと思っている。(中略)美意識につながる男のタイプは多分、チャンドラーとへミングウェイで終わっていて、男の意識はそこから先の新しさはないと思っている。美意識にこだわるのなら、ここまでこだわって書いてみたいと思って書いた曲だった」(同前)
私立探偵フィリップ・マーロウを主人公とする、レイモンド・チャンドラーのハードボイルド小説を、阿久悠は好んだ。
その世界は、心理描写により「自我」の葛藤を描く純文学調を排し、ドライな文体で読者を乾いたアメリカ西海岸の風土に誘い込む、周到なダンディズムに貫かれていた。その美意識の結晶が、「タフでなければ生きられない。優しくなければ生きている資格がない」(『プレイバック』)という決め台詞である。チャンドラーの前には、へミングウェイというマッチョタイプの作家がいた。
彼は思い悩む主人公の心理ではなく、その具体的な行為を丹念に書き込み、「自我」に凝り固まった文学に風穴をあけた。いずれにせよ、正攻法による男の美意識の追究は、彼らの小説で終わったのだ。
残されているのは、自覚的なそのパロディとしての、屈折したダンディズムだけである。
meewa | Shared With: Everyone - 29 days ago | Music, Kenji Sawada, Julie![ニュース ニュース詳細:チケットぴあ[電子チケットぴあ|チケット情報・販売]](http://i.faves.com/01/13/917e/95a9ecc0/ec62409487a7ce2170_5.jpg)
昨日(6月25日)、満60歳の還暦を迎えた沢田研二が、渋谷C.C.Lemonホールを皮切りに、2008年のコンサートツアー『還暦だぞ!!ROCK'N ROLL MARCH』をスタートさせた。その会場にて、沢田研二自ら、大阪・東京両ドームで還暦を記念したコンサートを行うことを発表した。『人間60年・ジュリー祭り』と題して行われるドームコンサートは、休憩を挿む約5時間に及ぶライブになるという。
昨日スタートしたコンサートツアー『還暦だぞ!!ROCK'N ROLL MARCH』では、約2時間50分、ヒット曲20曲を含む全32曲を熱唱。ほぼ歌いっぱなしにもかかわらず、まったく衰えることのない美声に、ファンは酔いしれた。会場の興奮が最高潮に達したアンコール曲の直前、ステージ上の本人の口から、「正月に、やりたいと言っていた東京ドームと京セラドーム大阪でのコンサートが正式に決まりました!」と大阪・東京両ドームでのコンサートが発表された。その瞬間、割れんばかりの拍手と歓喜に会場全体が包まれ、ファンからは「ジュリーおめでとう!」コールが乱れとんだ。還暦の誕生日でもある同日、沢田研二自らが行ったこの発表は、ファンにとっては最高のプレゼントとなった。
『還暦だぞ!!ROCK'N ROLL MARCH』ツアーは、渋谷C.C.Lemonホール、大阪フェスティバルホールを含む全国40か所で開催した後、このツアーの到達点であり、2008年のメインイベントとなる『人間60年・ジュリー祭り』を、11月29日(土)京セラドーム大阪、12月3日(水) 東京ドームにて行う。「還暦」という人生の節目を迎え、さらに走り続ける稀代のスーパースター“ジュリー”の活躍に、2008年は片時も目が離せない。
◆沢田研二・ドームコンサート 『人間60年・ジュリー祭り』
大阪公演 11月29日(土) 京セラドーム大阪
15:00開演/20:30終演予定 2部構成(休憩時間あり)
東京公演 12月3日(水) 東京ドーム
15:00開演/20:30終演予定 2部構成(休憩時間あり)チケット一般販売は9月27日(土) 各プレイガイドにて販売予定
Quoted: チケット購入サイト
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meewa | Shared With: Everyone - Jun 15 2008 | Kenji Sawada, Julie, Music
●《初回生産限定》 初回プレス分のみ特典CD(未発表音源)付き!
●60年代、日本中を熱狂の渦に巻き込んだ“グループサウンズ”ムーブメント。その頂点に君臨した『ザ・タイガース』を経てソロ・デビュー。
圧倒的なカリスマ・アーティストでありとしてヒットチャートを席巻し続けた沢田研二が今年2008年6月25日の誕生日で“還暦”を迎えます。
この新たなる出発点となる今年、唯一無二の存在である沢田研二還暦YEARを盛り上げるべく、「ポリドール時代」のシングル音源をコンプリートに収録したCDBOXをリリース致します。日本音楽史を飾るスーパー・スターのアーカイブ企画決定版です。
★ 初回生産分のみ“特典CD”未発売音源『晴れのちBLUE BOY(プロモーション用ロングヴァージョン)』付
(CD‐BOXの外に紙パッケージに入れたCDをつけて一緒にシュリンクします。)
■これがスゴイ!!
・ポリドール時代のシングルB面完全収録のCDは初!!
・沢田研二はシングルとアルバムは別のものというスタンスで制作をしていたため、オリジナルアルバムに収録していないシングル楽曲も多数あり、1986年にCD3枚組の『A面コレクション』を発売するも現在は製造中止。
・アナログシングルオリジナルジャケットの復刻(「AMAPOLA」を除く)はファンにとっては垂涎のアイテム!!
■初回特典(初回プレス分のみ)
・初回プレス分のみ特典CD(未発表音源)付き
・B2ポスターShareViewed: 1 Time
meewa | Shared With: Everyone - Jun 10 2008 | Kenji Sawada, Julie, Music
バンド解散後に出た貴重な記録本。まず簡単に説明すると、ザ・タイガースはベースの岸部修三=岸部一徳(サリー)、リードギターの加橋かつみ(トッポ)、サイドギターの森本太郎(タロー) ギター、ドラムの瞳みのる(ピー)による“サリーとプレイボーイズ”を母体に、沢田研二(ジュリー)を加えて66年に結成。最初は大阪のナンバ一番などで活動していたそうである。
「その頃よく《ナンバ一番》のかぶりつきに、Gパンをはいているもドスをきかせていた女番長がいた。やけにでっかくて、長い足をステージの上にのせてふてぶてしく演奏を聞いていたのだ。親衛隊の女の子たちや、バンドの連中たちに恐れられて、彼女がいるとなんとなく小さくなっていた。ちょっと態度が悪いと、『おんどりゃあ、表へ出ろ!』。一喝されて、たちまちのされてしまう。この女番長こそ、その昔の和田アキ子だった」
そんなアッコもタイガースにだけは手を出さなかったというんだから、ちょっといい話。
しかし、こんなエピソードを平気で紹介するガチぶりには驚愕するばかりなのだ。大阪の木造アパートでタイガースが同居を始めた頃、同じアパートの正面に宇野山和夫というカルトGSバンド“ザ・リンド&リンダース”のベーシストが住んでいたんだが、「宇野山は、熱心な創価学会の信者だった。ピーは、宇野山にすすめられてこのとき、創価学会に入って」いたとのこと。
「ピーは毎朝、かかさず仏壇にむかっておつとめをしていた。『ほんまに、うるそうて、たまらんわ』『仏壇をかくしたろうか』。サリーとタローは、ピーの留守にそっと仏壇をかくしてしまった。さぞかしピーがあわてると思っていたが、翌日どこをどう探したのか、いつも変わらぬピーの朝のおつとめがはじまっていた」
……って、おい! そんなことまでバラさないでいいよ!
さらに67年にレコードデビューが決まれば、「上京の前日、ピーはタローから特大の旅行カバンを借りにきた。彼は、カバンに楽器を入れることを理由にしていたが、実はカバンの中身は真新しい仏壇だった。学会の会員になって4か月、毎朝仏壇にむかっておつとめしていたピーは、大切な仏壇をカバンに入れて運ぶことにしていたのだ。『みんなで富士山のふもとにある本山にお参りしたら、ええのやがな』。どのみちいっしょには行かないと思っていたが、新幹線の車中でメンバーにこんなことをつぶやいていた」なんてことも容赦なく暴露!
タローとサリーの対談でも、やっぱりこの調子だったのである。
「(ピーは)創価学会でも、いつやめてしもうたのかわからへんだったけど、学会の会員だった頃は、よう青年部の集会に顔を出していたものな」(タロー)
「オレらも学会に入れいわれたことあったな」(サリー)
「折伏させよ思うて――オレらは、面倒くさがりやったから、とうとう信者にならへんかったけど。烏山では、ピーともようケンカしよったな」(タロー)
「別にケンカちゅうこともないけど、毎朝、オレの耳もとでお経を大声で読んで、寝られへんやったからな」(サリー)
「ほんかに大きい声で、お経読んどったな。からだをゆり動かして、一種の踊る宗教みたいやったわ」(タロー)
68年発売のアルバム『ヒューマン・ルネッサンス』ってまさか? ……と思って岸部シロー取材時に聞いたら、それは無関係だった模様。
そして、トロッグスの『恋のワイルド・シング』(大仁田の入場テーマの元ネタであり、ガレージの名曲!)をどうカヴァーするかで乱闘したり、遅刻の多いトッポとジュリーが殴り合い、「それ以来、2年ぐらいの間、沢田と口をきいたのは2、3度ぐらいでした」(トッポ)なんて確執があったりで、69年にトッポが脱退。代わりに岸部シローが加入し、71年に解散したわけだ。
解散後、ピーは雑誌に「君たちは、商業主義に踊らされている単なるピエロにしかすぎない。そこには何ひとつ人間的なものはないのだ」などと「4年間所属した会社の方針への批判と、メンバーたちへの自分への裏切り行為をなじる内容」の手記を発表。
そんなピーに対して、シローはこう言っていた。
「どっちにしても他人を批判したりするのはいけないことや。ぼくだって虫の好かん人はいるけど、それを他人にいうことは最低やと思うな」
「トッポとピーは、よう似てるわ。ピーは、トッポの影響を受けついだ人間やろね。自分より目上の人に対しては、めちゃくちゃ虚勢を張って行く、しかし自分より下の者に対しては不遜な態度をとるといったように、典型的なコンプレックスを持っているんじゃないかな。だから世間からは、田舎者あつかいされてしまうのとちがうかな?」……明らかにシローの方が批判しまくってるよ、これ!
ピーはというと、この本の取材で「お互いに古い友だちだから、いやなことはみんな忘れてしまったよ。(会って話したいとは)とくに思わないな。それよりもいまの自分が大切だと思っている。会おうと思えば、いつでも会えるし、3年、4年さきでもお互いに酒を飲みながら、心から思い出ばなしが出来るような気がするね」と発言。しかし、ピーだけが解散コンサートの打ち上げを最後にメンバーとの連絡を絶ち、いまでも絶縁状態なのだという……。
なお、巻末の森本太郎編集による年表も「66年12月15日、ピーの創価学会のことで中井マネージャーとミーティング」「67年11月3日、地方公演(高岡市)。この日は、トッポが朝寝坊をして公演地にとうとうこれなかった。プロのタレントとしては最低のことだと思う」「69年5月16日、ピーが突然蒸発しようとしたことが発覚して、中井マネージャーとサリーが説得」「69年7月15日、会社にボーナスを要求したが、結果的にはダメだった」なんてのが並ぶ異常なガチぶりだったりもする。最高!
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