metalglue | Shared With: Everyone - Aug 30 2009 | corea
【コラム】「ビリ」に拍手を送れないワケ
記事入力 : 2009/08/30 08:27:25
北京五輪を4カ月後に控えた昨年4月、北京で「マラソン五輪プレ大会」が行われた。同大会は北京五輪のマラソンコースで行われたレースだ。出場者リストを見ると、40代後半から50代中盤の日本人マラソン監督3人の名前があった。出場目的は「選手とともに五輪コースの戦略を立てるため」だった。彼らは豪雨の中、3時間前後のタイムで完走した。韓国では絶対にあり得ない光景だ。韓国の監督は一人も出場せず、唯一出場したエリート選手も体調不良を理由に棄権した。日本は監督が完走し、韓国は選手が棄権。ここに韓国と日本の差があるという思いがした。
韓国は世界陸上選手権ベルリン大会でも、マラソンに出場した8人の選手が全員30位以下という結果だった。一時期マラソン大国だったとは思えない結果といえる。一方、日本は女子が銀メダル1個を獲得し、上位3選手の合計タイムによる団体戦でも女子が2位、男子が3位に入った。ち密な準備による成果だといえよう。もはや韓国はマラソンでも日本に頭が上がらなくなった。
今大会で韓国はマラソンを含め、出場者19人全員が予選落ちまたは下位に終わった。2年後に自国でテグ大会を開催することを考えると、レッドカードを受けても仕方のない結果だといえよう。にもかかわらず、選手やコーチは特に危機感を感じていないようだ。国際舞台でチャレンジする意欲が欠如しているからだ。それよりも国内の全国体育大会が大きな関心事だ。「どうでもいい国際大会では力を抜き、秋に行われる全国体育大会でメダルでも取ろう」という安易な姿勢が選手らの間でまん延している。同大会でメダルを獲得すれば褒賞金が手に入るからだ。大韓陸上競技連盟の呉東振(オ・ドンジン)会長はある日、知人にこう話したという。「順位が予想より10位下でも悔しがる選手がいない。それを“元来こんなもんだろう”と事もなげに受け止めている。その姿がもっとショックだった」
肉体労働者やスポーツ選手は体を使わなければ生き残れないという共通点がある。しかし、労働者は肉体が生計の手段であるのに対して、スポーツ選手は肉体がチャレンジの手段という点で異なる。チャレンジ精神を失ったスポーツ選手は、肉体で生計を立てる労働者に過ぎない。ベルリン大会は終わり、2年後はテグの番だ。残り2年間で韓国選手はチャレンジ精神を取り戻すことができるだろうか。もしテグでベルリンのような結果になれば、「開催国として141個のメダルのうち1個も取れなかった国」として笑い者になるだろう。
泰陵選手村のイ・エリサ元村長は、「選手は自分が努力した分だけ失望する。死ぬほど努力しなかった選手は深く失望しないものだ。これが真のチャレンジャーとそうでない人との差だ」と話している。
もちろんスポーツではメダルがすべてではなく、ビリの選手も拍手喝さいを受ける資格がある。だがそれは、深く失望するほど最善を尽くしたビリ、悔し涙を流すほどのビリという、次回に期すためのビリでなければならない。韓国は深く失望するほど努力をした結果のビリだったのだろうか。それを考えると、情けない結果に終わり、25日に帰国する陸上チームに拍手を送りたいという気にはなれない。
キム・ドンソク記者
朝鮮日報/朝鮮日報日本語版
metalglue | Shared With: Everyone - Nov 27 2009 | corea
【コラム】韓国料理のグローバル化は修行から(下)
記事入力 : 2009/11/27 12:08:06
このうち、「すきやばし次郎」というすし店の高齢の主人は一年中、手袋をはめて外出することで有名だ。手の感覚を失わず、雑菌を板場に入れないための工夫だ。日本では、「一人前のすし職人になるには飯炊き3年、握り8年」という言葉がある。生ものをさばくのに必要な修行は、人間を裁くのに必要な修行と、その難しさにおいては差がないということだろう。
もちろん、日本では祝祭日に営業するすし店も多い。修行を始めて1年にもならないような駆け出しがすしを握る店も一つや二つではではない。機械が酢飯を握り、従業員がビニールの手袋をはめた手で解凍した魚をパッパッと載せる姿も見られる。どれも職人の世界とは懸け離れている風景だが、千切り大根の1本、大葉の1枚も汚いのではないかと恐ろしくて食べられないケースは見たことも、聞いたこともない。
日本食は「グローバル化に成功した」と評価されている。中でも最もグローバルになったのが「sashimi(刺し身)」と「sushi(すし)」だとすれば、少し味気ない。刺し身もすしも料理だろうか。火を通していない生ものなのに…。こんな疑問には、次のような答えがある。修行を積んできた腕のいい職人の手により、清潔なまな板の上で丹念にさばかれ、見事な皿の上にシャキッとした白髪大根と共に盛りつけられ、完成するという全過程が評価を受けたのだと。「食文化」という総体的な過程だ。
大膓菌の千切り大根にリサイクルの刺し身? 韓国で依然として耳にする話を聞くとガッカリする。「先進国に比べると、まだ国民所得が低いから」という言い訳は、日本から見れば大うそだ。
「韓国料理のグローバル化? 笑わせないで修行でもしろ!」。身をささげながら、傷んだ千切り大根と共に冒瀆(ぼうとく)される魚は、韓国の食卓でいつもそう叫んでいるのかもしれない。
東京=鮮于鉦(ソンウ・ジョン)特派員
朝鮮日報/朝鮮日報日本語版
metalglue | Shared With: Everyone - Nov 27 2009 | corea
【コラム】韓国料理のグローバル化は修行から(上)
記事入力 : 2009/11/27 12:08:03
「それも食べるんですか」。「見事な」千切りの大根を前に、わたしは尋ねた。「どうして? 韓国では食べないの?」。そう日本人に言われると、顔が真っ赤になった。日本に赴任した直後の出来事だ。日本では刺し身の下に敷かれる千切りの大根を「白髪大根」と呼ぶ。スーパーのお刺し身コーナーでは、立派な食品として百数十円で売られている。
以前、韓国ではきちんとした刺し身専門店でも千切りの大根は食べなかった。一日中、使い回しされ、このテーブルに回ってきたのだろうと思われたからだ。日本で「それも食べるんですか」と聞いたのは、韓国で植え付けられたこうした先入観のせいだ。
日本では白髪大根や大葉など「つま」と呼ばれる付け合わせは、飾りであると同時に、刺し身を補う食品だ。ただ、信じられないから食べないだけで、もともと韓国でも食べる物だったのだろう。
生の魚を切る作業を、日本では「捌(さば)く」という。漢字は違うが、人が人を裁断するという意味の「裁(さば)く」と発音が同じだ。生ものを取り扱うときはそれほど慎重に、真心を込めなければならないという社会的な認識が反映されているのだろう。
世界的なレストラン格付け本「ミシュランガイド」が最高の星三つをつけた東京のすし店は3店。この3店がいずれも祝祭日に営業しないのは偶然ではない。プライドが高くて威張っているわけでもない。
3店のあるじの日常は、明け方の築地市場から始まる。東京の水産物卸売市場だ。ここで当日売れるだけの魚を仕入れる。築地市場は祝祭日に開かれない。だから仕方なく店も休むのだ。
東京=鮮于鉦(ソンウ・ジョン)特派員
朝鮮日報/朝鮮日報日本語版
metalglue | Shared With: Everyone - Nov 01 2009 | corea
【コラム】シルムと相撲、マッコリと日本酒(下)
記事入力 : 2009/11/01 09:12:47
ソウルのロッテホテルにある韓国料理店では、6種類のマッコリが提供されている。このうち、最も高価な「麹淳堂梨花酒」には、6万ウォン(約4600円)の値が付いている。日本酒はどうか。ロッテホテルの日本料理店にある酒は、最も安いもので6万ウォン、150万ウォン(約11万6000円)するものもある。日本の酒類販売店に行くと、小売価格が10万円を超える超高級酒もたくさんある。これに対し、日本に輸出されるマッコリは、最も高いもので525円だ。このままでは永遠に「安物」のらく印を押されないか心配だ。
日本の銘酒に高値が付くのは、それなりのストーリーがあるからだ。最高級品は酒米を60-70%カットし、えり抜きの部分だけで熟成させるといった工程で製造されている。要するに、10万円の酒は酒そのものよりも、そこに込められたストーリーに10万円の価値が付いているのだ。
マッコリはなぜ、超高級品を生み出すことができないのか。おいしいマッコリを安価で飲めることは、愛飲家にとって幸せなことだ。しかし、10万円程度の破格な値段が付いたマッコリも見てみたいものだ。
■哲学の道はただの道
京都に「哲学の道」という観光コースがある。案内のパンフレットには、哲学家が瞑想(めいそう)しながら散策した場所、と書かれていた。数年前に京都に出張した際、素敵な名前に引かれて出かけたところ、少々がっかりした記憶がある。趣のある小道だったが、バスを乗り継いでまで行くほどの場所ではない感じがした。
日本の「文化装飾術」は卓越している。平凡な小道に若干のストーリーを加え、「哲学の道」といったたいそうな名前で売り出すのを見るにつけ、われわれは恥ずかしくなる。立派な素材がありながら、包装が下手でまともに認めてもらえないわれわれは、純真なのか、それとも愚かなのだろうか。
朴正薫(パク・ジョンフン)社会政策部長
朝鮮日報/朝鮮日報日本語版
metalglue | Shared With: Everyone - Nov 01 2009 | corea
【コラム】シルムと相撲、マッコリと日本酒(上)
記事入力 : 2009/11/01 09:12:20
■ナイロンパンツとまわし
シルム(韓国相撲)は臨場感あふれるスポーツだが、わたしはシルムの「安物イメージ」に不満がある。シルムの選手はなぜ、水着のようなナイロンのパンツを着用するのか。パンツには原色のスポンサーのロゴまで付いており、まったく国籍不明だ。
わたしがシルムに不満を抱くようになったのは、東京特派員時代からだ。日本の相撲をシルムと比較し、われわれはなぜこれだけしかできないのか、もう少し工夫すれば格好よくなるのに、と残念に思った。
ご存じの通り、相撲の力士はナイロンパンツではなく、まわしと呼ばれる長い布で局部だけを隠し、尻は露出している。その姿がふびんに見える人もいるかもしれないが、非常に独創的で日本的だ。少なくとも、ナイロンパンツよりは話の種になり得る。
相撲のイメージは、日本相撲協会によって、細かく管理されている。まげを結うことや、取組の前にしこを踏んだり、こぶしを土俵に付ける立ち合いなど独特な儀式が多く、豊富な見どころを提供している。こうした外的なコンテンツ、形式美のおかげで、相撲にはどこか高級なイメージが漂う。
相撲がよく演出された舞台芸術ならば、シルムは田舎の見せ物のようなものだ。どちらが良いのか断言することは難しいが、世界にアピールできるのは当然、相撲だ。われわれの現代シルムはスポーツの機能性に偏るあまり、代々積み上げられてきた農村共同体の豊かなコンテンツを失ってしまった。
■マッコリの安物イメージ
マッコリ(韓国式濁り酒)の進化は驚くべきものだ。マッコリによるひどい二日酔いを経験しているわれわれの世代には、マッコリがこれだけ後味さわやかな酒に生まれ変わったことが信じられない。しかし、マッコリが日本酒を超えるほどの世界的な成功を収められるかは楽観できない。マッコリは「安物のわな」にはまっているからだ。
朝鮮日報/朝鮮日報日本語版
metalglue | Shared With: Everyone - Oct 29 2009 | corea
【科学コラム】日本の秩序、韓国の混とん
日本で半年間ほど暮らしたことがある。 韓国に比べて日本はあらゆることが秩序立ち、整然としているようだった。秩序には便利さ、穏やかさが隠れている。 日曜日の昼食によく行ったそば屋は清潔でよかった。特別に制作した台にのぼって冷蔵庫の上まで雑巾で磨く店の従業員を見ながら私は妻にこう言った。「うちの家の冷蔵庫の上に積もっているほこりの厚さが気になる」と。 ここまではまだよかった。 京都の銀閣寺でのことだ。50代後半のある男性が膝をついて地面に這うようにして、パレットナイフと平たい筆で芝生と歩道の境界をきれいに整えていた。「これは違うのでは」と感じた。 自然の美しさに対する人工の冒とくだった。
収集日になると古新聞を家の前に出す。 最初はそれが新聞紙とは分からなかった。包丁で切ったような直六面体の塊を広告紙できれいに包み、その上からひもでくくっていたからだ。 新聞の塊ではなく、主婦の苦労の塊だった。朝になると、路地の曲がり角に6-7人の小学生が集まる。 小さな旗を手に持った30代の主婦が毎日同じ時刻に現れ、子どもを学校に引率する。安全も重要だが、1列に並んでついていかなければならない子どもたちは、どれほどうんざりするだろうか。 日本の子どもの不幸が私の目に見え始めた。
統計学者の主張によると、ゴルフゲームの勝敗は運が3割、実力が7割を支配するという。実力が運より2倍以上重要であるため、ゴルファーは年中、練習に励まなければならない。運の活動空間が全くなければ、誰がタイガー・ウッズとゴルフで対戦しようとするだろうか。 ゴルフの妙味は3割の運にかかっている。実力が勝敗の9割以上を支配することになれば、ゴルフ人口は突然減り、ウッズの出番も少なくなるだろう。私が経験した日本の隅々は運よりも実力が、偶然よりも必然が、混とんよりも秩序が徹底的に支配する。 日本は一言でおもしろくない社会だった。帰国の日が近づくと、その間必然の枠に閉じ込められていた自分は、日本の秩序よりも韓国の混とんを懐かしがっていた。
地球の生命の属性は‘自己複製’と‘ダーウィン進化’に要約される。現代科学は、自己複製分子の偶然な出現に地球生命の起源を見いだす。私たちが‘温かい原始のスープ’と呼ぶ有機物の濃縮液で生じる分子間の無作為の衝突が自己複製機能を備えた有機分子を創出したということだ。今から約40億年前にあった偶然の事件が無生物に生命の息を吹き込んだということだ。 一方、ダーウィン進化は突然変異と自然選択がその核心だ。突然変異が偶然の所産なら、自然選択は必然の帰結であるため、人間は偶然と必然が作った自然の最大傑作品ということだ。なら、私たちの生で偶然の役割は太古の遺産ということだ。
韓国は運と偶然の役割が日本よりも少し重要な社会だ。 韓国の躍動性は刹那の瞬発力で状況を決める、この偶然の属性に由来する。混とんは新しい秩序への関門だ。 韓国動乱が班常(両班と常人)の積弊を払拭したではないか。韓国の若者たちよ、混とんの荒波に乗って秩序の日常を越え、未知の‘ブルーオーシャン’に挑戦しよう。
洪承樹(ホン・スンス)ソウル大名誉教授・物理天文学部
2009.10.29 15:21:43
metalglue | Shared With: Everyone - Oct 24 2009 | corea
世界が見る韓国は「他国を助けない成金国」
「他国を助けない新興成金国」--。国際社会に映っている韓国の姿だ。
米ワシントンのシンクタンク「世界開発センター」(CGD:The Center for Global Development)が富裕国22カ国の低開発国支援寄与度を評価した結果、韓国は昨年に続き2年連続で最下位となった。
貧しい国に対する人道的支援が少なく、開発途上国の最大輸出品であるコメの輸入を防ぎ、低開発国の労働者の移住も制限している、ということだ。 03年にこの指標が発表され始めて以来、日本は5年連続で最下位だったが、昨年、韓国が評価対象に加わったことで最下位を免れた。アジアの国家では韓国と日本だけが対象国に含まれているが、低開発国支援では並んで最下位圏を占めた。
CGDは毎年7部門に分け、経済規模を勘案しながら22カ国の低開発国支援を評価する「開発貢献指数」(CDI)を発表している。これによると、韓国は今年、技術と投資の部門を除いた残り5部門で最下位となった。特に▽低開発国労働者の移住受け入れ▽平和維持貢献▽低開発国に対する貿易障壁▽人道的支援--の部門で点数が低かった。
一方、低開発国に対する技術支援部門ではスペインに次いで2位に入った。 貧しい国の開発を支援するための投資部門でも22カ国中8位だった。 韓国は昨年に続き今年も最下位を記録したが、点数は昨年(2.4)よりやや高い2.8を受けた。
CDI指数を開発したデビッド・ルードマン氏は「韓国は昨年22カ国に含まれた新興国」とし「対象国に含まれただけに国際社会に対する責任意識も高める必要がある」と指摘した。ルードマン氏は「伝統的に競争関係にある韓国と日本は今後、貧困退治のための競争に積極的に取り組むことを期待する」と付け加えた。
主要7カ国(G7)も低開発国への支援に消極的であることが分かった。 22カ国のうち上位10位にG7の国は1国も含まれなかった。 カナダが11位で最も高かった。 特に米国は環境保護に消極的で、経済規模対比での人道的支援も17位にとどまった。
一方、上位圏はスカンジナビア国家が占めた。 スウェーデンが昨年に続いて2年連続で1位となった。デンマークは2位、オランダとノルウェーが3位で並んだ。 特にスウェーデンの人道的支援貢献点数は韓国・日本の16倍にのぼった。低開発国移住労働者に最も寛大な国はオーストリアだった。
CGDのナンシー・バドセル所長は「国家間の関係が緊密になり、いまや先進国も低開発国の貧困や社会不安と無関係ではない」とし「貧困と社会不安は世界的な安保脅威と経済不安、病気の拡散原因になっている」と指摘した。
貧困退治をモットーとしているCGDは01年、ロックフェラー財団の後援でワシントンに設立されたシンクタンク。 政治・外交専門誌フォーリンポリシーは世界シンクタンクのうちCGDを15位に評価したことがある。
2009.10.23 14:37:22
中央日報/Joins.com
metalglue | Shared With: Everyone - Oct 15 2009 | corea
【社説】日本の44倍、韓国の軽犯罪件数が物語るもの
記事入力 : 2009/10/15 11:27:47
国会の警察庁に対する国政監査の資料を見ると、韓国で昨年、軽犯罪処罰法違反で摘発されたケースは30万7913件に上った。一方、日本にも軽犯罪法があるが、摘発件数は1万7851件にとどまっている。人口10万人当たりの摘発件数は、日本が14件なのに対し、韓国は622件で、日本の44.4倍ということになる。軽犯罪の中でも、拡声器やレコード・CDプレーヤーを使い、大音量で音楽や放送を流したり、楽器を演奏したりするなど、近隣住民に迷惑をかける行為は、日本では25件なのに対し、韓国では4万6955件で、日本の1878倍に上った。汚物の投棄は日本では98件なのに対し、韓国は6万940 件、路上放尿も日本では191件、韓国は1万1535件に上った。日本は公共の秩序や規則が徹底し、他人に対する配慮の面でも世界の最先端をいくといわれているが、それにしても、韓国の現実には恥ずかしさ、腹立たしさを感じる。
韓国で生活した外国人は一様に、「韓国では雑踏にもまれながら暮らすしかない」と話す。道を歩けば人に押しのけられ、エレベーターでは降りる人がいるのに、われ先にと乗り込んでくる。たばこの吸い殻を窓の外へ投げ捨てるドライバーも少なくない。またある人は、京畿道高陽市一山からソウル・光化門までバスに乗ったとき、後ろの席の若者が30分以上も携帯電話で話し続け、ついに我慢できず注意したところ、その若者は通話相手に向かって「おい、うるさいから電話を切れというやつがいるよ」と言い放ったという。電車の中では、子どもたちが靴をはいたまま座席に座っても、見て見ぬふりをする親がほとんどだ。隣の席が空くと、そこに片手をつき、まるで「早い者勝ち」であるかのように、離れたところにいる家族を大声で呼び、その席へ座らせるという光景もたびたび見られる。
経済規模が世界10位台になり、オリンピックやサッカー・ワールドカップを開催し、G20(主要20カ国・地域)首脳会議の招致を実現したからといって、決して一流国家、先進国になったとはいえない。先進国入りをうんぬんする前に、社会秩序や規則を守り、他人に迷惑をかける行動を慎むという生活の基本から身に付けなければならない。基本中の基本といえるのは、他人に配慮し、尊重するという心を持つことだ。道を歩いていて、ほかの人の体に少しでもぶつかったら自分が先に謝り、またドアを開けて中へ入るときは、後から来る人のためにドアを押さえておく、といったマナーを身に付けるべきだ。韓国の悪癖ともいえる違法で暴力的なデモも、その背景には、他人のことなどどうでもいいという考えがある。自分たちのために交通渋滞が発生し、商店の営業がうまくいかず、警察官たちが夜通し苦労させられるということを認識すれば、法律を平気で破るデモなどできないはずだ。
多くの人たちが、この世の中を自分一人のものだと思い、他人に配慮せず、そこら中につばを吐き、たばこの吸い殻を捨て、騒ぎを起こし、拡声器を使って大音量で音楽や放送を流す。そんな社会では結局、すべての人たちが損をすることになる。
朝鮮日報/朝鮮日報日本語版
metalglue | Shared With: Everyone - Sep 03 2009 | corea
潘基文事務総長、沈黙は禁物!?
一部では「民間人の保護だけに没頭」と反発
記事入力 : 2009/09/03 09:02:11
国連の潘基文(パン・ギムン)事務総長による「物静かなリーダーシップ」スタイルが国際社会で問題となっている。
5年任期の半分を終えたばかりの潘事務総長に対して最近、欧米のマスコミが批判を強めている。その理由は、独裁者たちと腰をかがめて対話を行うスタイルだ。つまり、国連事務総長は道徳的権威を持って独裁者たちと渡り合わねばならないにもかかわらず、潘事務総長のスタイルはこのような国連事務総長の職務とは根本的に相容れないということだ。国際紛争への介入が常に遅すぎることも、非難を受ける理由の一つだ。潘事務総長のリーダーシップ問題は、最終的に「再任に値する人物かどうか」を判断する材料となるだけに注目が集まる。
ワシントン・ポスト紙は1日付1面に、「独裁者に対する物静かな外交が不協和音を呼び起こす」という見出しの記事を掲載した。その内容は「潘事務総長は独裁者による残酷な行為に対して沈黙することが多く、そのため国連を醜悪な妥協の舞台にしてしまったという非難に直面している」というものだ。潘事務総長はミャンマー軍事政権トップのタン・シュエ国家平和発展評議会議長、ダルフールでの民間人虐殺容疑で国際刑事裁判所に起訴されたスーダンのオマル・アル・バシール大統領、内戦中に民間人を無差別に殺傷したとして非難を浴びているスリランカのラジャパクサ大統領らと会ったが、特別な成果は得られなかっただけでなく、逆に国連事務総長の権威をおとしめたというわけだ。国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチのケネス・ロス事務総長は、「潘事務総長のイメージは、主に独裁者たちと席を共にしているというものだが、だからといって得たものは何もない」と激しく非難している。
同紙だけではない。「潘事務総長は再選を望んでいるが、一部ではそのような資格があるのか疑いの目が向けられている」(エコノミスト誌)、「米国の機嫌をうかがうだけの最も危険な韓国人」(フォーリン・ポリシー誌)、「国連では会うことのできない人物」(ウォールストリート・ジャーナル紙)など、数々の批判を浴びている。とりわけ今年7月初めには多くの批判を浴びながらもミャンマーを訪問し、軍事政権トップのタン・シュエ議長に会った。しかしアウンサン・スーチー氏を解放させるどころか、面会さえできなかったことで、批判はさらに強まった。
ノルウェーのモナ・ユル国連次席大使は本国に提出した報告書で、「潘事務総長はスリランカやミャンマーなどで起こった国際紛争にしっかりと対処できなかった。決断力がなく、カリスマ性に欠ける指導者だ」と激しく非難した。
しかし潘事務総長は、これらの非難は公平ではないと反論している。潘事務総長は派手な修辞を並べ立てる政治家ではなく、実際に仕事を行う「外交官」のような国連事務総長が必要と主張する。潘事務総長は昨年5月にミャンマーの軍事政権を説得し、50万人に上るとされるサイクロン被災者に対する救援を行い、2007年にはスーダンのオマル・アル・バシール大統領に圧力を加え、国連平和維持軍のダルフール駐屯に同意させた。英国のソワーズ国連大使は「スリランカ内戦当時に潘事務総長は米国、中国、ロシア、インド、欧州各国などどこの国の政府よりも、民間人保護のために積極的に動いた」と評価している。
潘事務総長は今も国連で最も影響力のある米国、中国、英国などの強大国から支持を受けている。しかしそのリーダーシップに対する見方と再任に関しては、残り半分の任期中にいかに具体的な成果を引き出すかに左右されそうだ。
ニューヨーク=朴宗世(パク・ジョンセ)特派員
朝鮮日報/朝鮮日報日本語版
metalglue | Shared With: Everyone - Aug 28 2009 | corea
【取材日記】ロシア側の表情を気にする「技術弱小国」の惨めさ
「羅老(ナロ)宇宙センターの第1段ロケットの周辺はまるでロシアのようだった。ロシアの技術陣が160人も常駐し、韓国科学者と作業をしたが、水と油のようだという印象を受けた」。25日、羅老号打ち上げ前に全羅南道高興(チョンラナムド・コフン)外羅老島(ウェナロド)の羅老宇宙センターへ行ったある科学者の所感だ。
実際、ロケット組み立て作業中でない時も韓国の科学者がロシア製ロケットの写真を撮ったり内部をのぞこうとすると、ロシア技術陣の中のセキュリティー要員らにとめられた。19日の打ち上げカウントダウン中、自動で打ち上げを停止させたソフトウェアを修理する時も、韓国技術陣は参加できなかった。このため一つでも多くのことを学ぼうとする羅老宇宙センターの韓国科学者とロシア科学者の間では常に神経戦が絶えなかった。
こうした現場の雰囲気は、熱心に見たり聞いたりする記者らに‘技術弱小国’の悲しみを実感させた。打ち上げ日の決定も、打ち上げの延期も、技術的欠陥の解決も、すべてロシア側の反応を気にしなければならなかった。羅老の核心である1段目のロケットの製造と打ち上げ統制技術をロシアがすべて持っているためどうしようもなかった。
莫大な金額を支払って韓国から打ち上げることになったが、核心技術を提供したロシアの態度は高慢だった。こういう出来事もあった。今月初めロシア側がロケットエンジン燃焼試験に関して技術的に検討する点があるとし、11日に予定された打ち上げを延期しようと突然通知してきた。問題は、国家間の公文書は英語を書くという国際慣例を無視し、ロシア語の公文書を送ってきたのだ。しかも打ち上げ日や打ち上げ延期と密接な関係がある重要文書であるにもかかわらずだ。
このように融通のきかないロシアをなぜ私たちは技術パートナーに選んだのか。それは友邦という米国でさえも長距離ロケットに関する技術を譲ろうとしなかったからだ。一部の先進国はあまりにも大きな金額を要求した。技術が不足した国はこうした惨めな思いだけでなく、さまざまな点で譲歩して不必要な国益損失を覚悟しなければならない。
政府と科学界も今回の失敗をきっかけに、いまや‘宇宙強国’の未来についてもう少し戦略的に考慮しなければならない時期になった。国際社会のけん制の中で宇宙開発を圧縮達成しようとする過程で、非常に大きなリスクを背負い、過度な費用を払っているのではないか、また長距離競走のようなロケット自力開発を選挙公約を履行するように焦り過ぎてはいないか、もう一度確かめなければならない。宇宙開発の成果は投じた予算と努力の分だけ出てくる。
中央日報 Joins.com
2009.08.28 08:03:46

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